津軽天然藍染

日本で藍が栽培されるようになったのは三世紀頃からといわれ、津軽では藩政時代の四代藩主、津軽信政公の時代の元禄七年(1694年)、お城の西方に紺屋町をつくり百軒余の紺屋があったと記録にあります。京都から技術者を招いて、養蚕や機織りと共に藍染の振興をはかっていました。

 しかしながら、藩政時代の末期から廃藩置県などの歴史の変遷と、明治以降の化学染料の発明と普及により、天然藍染は姿を消しつつ今日に至っております。

 当津軽天然藍染川﨑染工場は、天明、寛政の頃からの紺屋で、当時からの建物と藍瓶(あいがめ)、藍場(あいば)を修復して、津軽天然藍染の継承に努めております。

江戸時代からの藍甕(あいがめ)
江戸時代からの藍甕(あいがめ)

藍場
藍場(あいば)